LIFE LOG(塵芥の終着点)

塵芥の終着点

あなたの無駄な時間をもう少し無駄にするブログ

ブランクの悪魔について話す

継続は力なり。続けることはとても大事なことだ。そして人間には続けなくてはならないことが余りにも多い。例えば運動。健康目的でも、ダイエットでも、体力づくりでも、一朝一夕に成果が目に見える運動は存在しない。何故かと言うと、身体がその気になってくれないからだ(身体と掛けたギャグではない)。脂肪を燃焼したいといっても、走ったその瞬間から燃え始める訳ではない。心拍とともに酸素を体内に取り込み、血液が全身を循環し、体温が上昇し、脂肪分解酵素が活性化することで、それでやっとの思いで効果が出る。更に言えば、それらの手順をより効率的なものにするために、日々の筋力トレーニングによる賜物たる基礎代謝も必要不可欠である。

 

で、この記事で健康管理の話をしたいのではなく、物事を達成するためには継続が必要であり、何もしない期間は大きな危害をもたらすということが言いたいのである。

どんな危害か。まず、今までの継続が無駄になりかねないことである。さっきの例で言えば、折角基礎代謝が良好になってきたところで運動をやめてしまい何ヶ月も経ってしまうと、また1からということになりかねない。物事によっては完全にリセットした初期状態に戻ってしまう、なんてこともあり得る話だ。

 

しかし、大抵の物事はやり直しが効く。間が空いてしまったなら、その分を取り返せばいいではないか。また地道な継続を始めればいいではないかと。

 

でもそれがめんどくさい!!!!!!!!!!!!

 

人間は極力無駄を嫌う。無駄な労力を嫌う。目先に利益が見えない先行投資を厭う。当たり前である。人間の一生は一度きりである。

私がこの世で一番めんどくさいと思っていることは、ずばり「忘れていたことを思い出す過程」である。私は積読が多い。私の部屋には買っただけで読んでいないコミックスの新巻が多い。これらが減らない理由は、思い出すのが面倒だからである。正直、4,5ヶ月毎に出るコミックスの大半は、前巻の内容を忘れていることが多い。新巻が出るたびに前の巻を振り返って内容を思い出すのが非常に億劫だ。そして読みかけの小説。何ヶ月も読みかけのまま放置すると、勿論それまでのストーリーを忘却する。思い出すために結局読み返す。嗚呼、なんと面倒なことか。難しくて放置していたゲーム。それまでに積み上げていた技術が衰えている。手に馴染んでいたはずのコントローラーの感覚が、スティックさばきが、ボタン配置が、記憶の奥底に眠っている。そいつを起こすのが面倒なのだ。寝起きは気分が悪いのだ低血圧なのだ。

 

ブランクの悪魔

 

そう呼んでいる。継続をやめた弊害を、私はそう呼んでいる。

ここまで読んで(或いはここまで読むことすら耐えきれず)心底軽蔑した人もいるだろう。可愛そうな人間だと憐れんだ者もいるだろう。実際そうだ。ブランクの悪魔だなんだと呼称したところで結局はただの自堕落であり怠慢である。読みかけの本も、ゲームも、全部自分が生み出してしまったものだ。全て、自分の責任である。

だが、もし似たような感覚を持っている人がいたら、もし少しでも自分の主張を理解してくれるダメ人間2号がいてくれたなら、私は嬉しい。そして、一緒に積まれたものを消化する時間を取るような仲になりたい。

 

埃が積もるまで掃除をしないか、埃が積もらないように日々掃除をするか。どちらが正しいのかなんて言うまでもない。埃は、人体に害である。埃は、極彩色を灰一色に染め上げる。そんな埃を平気で無視できる人間になってはいけない。

ブランクの悪魔を呼び寄せているのは、他でもない悪魔の化身たる人間なのである。

おしまい。

何故か男3人でディズニーランドに行った時の愉快な話:後編

rubbishyoutake.hatenadiary.jp

これの続き

ホーンテッドマンションに乗った

 午後はまず、近くにあったホーンテッドマンションに乗った。面白いのが、恐らく全アトラクションの中で一番長時間並んだのがこれという事実だ。といっても、3,40分くらいなのだが、やはり異例の空き具合だったらしく、Lが何度も驚いて3年分くらい寿命を縮めていた。

 肝心の内容は、ハロウィン仕様が可愛らしかったような気がする。気がする、という曖昧な表現には2つ原因があり、一つはこのブログの更新をサボっていて記憶が薄らいでいること。そしてもう一つはアトラクションに乗る際に眼鏡をかけ忘れて裸眼の世界であったこと。2つの意味でぼやけていたのでした。自分は普段視力が決して良くないのに極力裸眼で過ごそうとする害悪もいいところなのでこういうところで天罰が下るのであった。

 

その他夜までのいろいろ

え、もうその他?と思ったそこのあなた!鋭い!実はこの記事を書くにあたってメモを取っていたのだが、後半がろくに書いていない!そしてこの更新の遅れ!何書けばいいか分からない!ということで今でも記憶に残っているようなインパクトの強かった出来事を紹介。

Docomo事件

まずは、こちらをご覧いただきたい。

 僕のベストスナップである。Docomoが自重しないから僕も自重しなかったのだ。夢の国からお金の臭いがした瞬間でした。

スターツアーズがすごい

今回いい意味で一番驚いたのはスターツアーズだろう。何分昔の記憶は父親が乗り物酔いと映像酔いを併発して微妙な雰囲気になったことしかない。しかしこのスターツアーズ、正式名称は「スターツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー」であり、2013年にリニューアルオープンしたものである。この3D映像がすごい。没入感が半端じゃない。実際にそこにいるかのような感覚を体験でき、横でC3PO「あぶなーい!」とか言ってくるんだが、もうほんと、あぶなーいのだ。マジでぶつかるかと錯覚してしまう。広大な宇宙を駆ける気分になれる。個人的には同様のコンセプトでVRゲーム化してほしいなーなどと考えている。あと、ストーリーは乗る度に若干異なるらしいのでまた乗りたいと思えた。

何がすごいって、僕全くスターウォーズ知らないのにこのテンションの盛り上がりね。

 

ガジェットのゴーコースターに乗ったらいろいろ思い出した

このアトラクション、小学生の頃、丁度今回と同じくらい空いていたため、死ぬほど乗ったことを思い出した。その頃の自分は「わかりやすい絶叫系」が苦手で、且つ長いアトラクションに退屈してしまうクソ小学生であった。そんなクソに実にマッチしているのがこのガジェットのゴーコースター。簡単に言えば簡易ジェットコースターであり、回転することもなく1,2分で終わる。短時間で適度に速いのが自分のツボを押さえていたらしく、それはもう係員がまたお前かよと思わんばかりに乗ったものだ。

そして10数年を経た感想。

 

 

「足が入らない」

 

 

ミッキーのフィルハーマジックは待たずに観れるお得な感じのやつ

 です。約10分の映像を劇場で鑑賞するアトラクションなのだが、これがまたすごい。確か夕飯の少し前で死ぬほど疲れていたのだが、興奮して目が覚めた。映像、といっても五感で楽しめるのだ。映像とリンクした香りが漂ったり、水しぶきに合わせて霧が吹いたり、登場キャラが右に走ったら右から音が鳴ったり、いろいろ楽しい。一度に収容できる人数がかなり多いので待たずに入れるところも良い点。Lは3Dの仕組みについてぶつぶつ語っていたような気がする。未来に彼女と行った時もぶつぶつ語って破局して欲しいものだ。

 

夕飯

おいしかった!!!!!

 

ワンス・アポン・ア・タイムは熱い

これは二重の意味で熱かった。どうやらこのブログを書いている現在、休止中らしいパレードの一種。普段は抽選制らしく、座席で見ることはかなりレアらしいが、この日はなんと抽選無し。システムはよく分からないが、座席が無い代わりに誰でも中央に入れるらしい。ワンスアポンアタイムは、シンデレラ城にプロジェクションマッピングを用いて映像を映し出す次世代のパレードである。詳しい内容は言葉にし難いが、城の「位置」を巧みに活用した映像が魅力である。

途中、火に関する映像が流れるのだが、その時実際に城の左右から炎が噴き出す。これが割とマジで熱い。二重の意味でした。

 

文章に限界が来たので終わり

もっといろいろ書きたい気持ちもあるが、面白く書ける気がしないのでこのへんで感想を締めたいと思う。ちょっと急いでいるってのもあるんだけどね。だってね、

 

 

今週ディズニーシー行くもん!!!!!

 

 

あばよディズニーランド!!!!!!

何故か男3人でディズニーランドに行った時の愉快な話:前編

先日、知り合いから「ディズニーランド行こう」という声がかかり、とうとう俺も陰キャ脱出からのウェイからのパリピからのワンチャン脱童貞かよという思いで快諾した。自分が最後にディズニーに行ったのは『バズ・ライトイヤーアストロブラスター』がオープンした年だから11年前だそうだ。単純に昔とどう違うのかとか気になっていたし二重に楽しみだった。今回はその時のことを振り返りながら感想でも語ろうと思う。メンバーは男3人だった。

「は?」

開園前

新木場で京葉線に乗り換えた瞬間から戦いは始まっていた。制服を着た人でいっぱいだったのだ。

(一体……この中の何人が……本物……)

だってなんでもない平日だもの。若干JKと言うには見苦しい厚化粧が見受けられたんですもの。私服高校出身の自分にはそもそも制服ディズニーのしようが無いので少し羨ましくもあった。

舞浜でメンバーと合流。

 

 小粋な糞ジョークも交えつつゲート前に待機。

ここでメンバー二人について触れると

Lくん:毎日ディズニーリゾートのpHを測定しないと気が済まないレベルの変態ガチ勢。別にデスノートを巡ってキラと頭脳戦をしていたりはしない。こいつは以下呼び捨て。

Tくん:私と同じ超久々にディズニー来た勢。「断片の再構成<フラグメンツ・リバイバル>」の能力者であり、画像を爆速で加工する。歌が上手い。

こんな感じである。

早速無駄に用意が良いLによってルート構築、各アトラクションの時間配分等の説明がなされ、私とTくんは涎を垂らしながら「ほへー」とか言ってた。

 

開園後-ビッグサンダーマウンテン

 若干の雨が懸念されつつも、開園。キャストさんたちが「危ないので走らずゆっくりー!!!」と言いつつも、ダッシュする開園凸勢。それに早歩きならギリセーフ理論で対抗する僕ら。

(あれ…この光景……)

遠い日の、というか1ヶ月半くらい前に、どこかで見たような景色。1年に2回は見るような、あのイベントの名物風景――――

無事、臭くないコミケという不名誉な命名がなされました。

 

その後手際よくスプラッシュマウンテンのファストパスを取り、そのままビッグサンダーマウンテンに。このアトラクション、幼少期に前のオッサンがいきなり立ち上がって緊急停止した経験があり、若干抵抗があった。が、乗ってみたら普通に楽しめた。絶叫の類をしたことが無く、かと言って無言でも面白くないので「はぁぁあんwww」とか「ひえぇぇ~www」とか声出してみたけどどれも気持ち悪かった。この辺慣れてる人と差が出るとこ。

 

初スペースマウンテン

これはメンバーに便乗して写真を撮る自分

実はスペースマウンテンに乗ったことが無かった。単純に昔行った時は父親が乗りたくないとかそんなで乗れなかったのだ。乗った感想としては、よくわからないけど楽しい。確かに視界が悪い中結構な速度で動くため、苦手な人は苦手だと思った。が、基本的に急降下が無くカーブが多いので、タマがヒュンな要素は無い。ただし若干乗り物酔いを起こしやすいのかなと思った。

Lは待機列で流れているCG映像が大分古いとダメ出ししていた。敬虔な消費者故に許される発言を感じた。

 

スプラッシュマウンテン

3人1グループ問題をご存知だろうか。いや今名付けたんだけど。3という数字は非常に厄介で、奇数であり少人数でありアホになる数でもある。アトラクションは基本的に2人ずつで座るものが多く、当然1人余る。僕ら3人はその余りの1人を毎回くじで決めるなどしていた。そしてスプラッシュマウンテン、私が余りになった。ちなみに、スプラッシュマウンテンであらかじめ1人として並ぶと空席埋めとして優先して乗れるのでぼっちのみなさんも如何でしょうか。

で、その空席埋めが結局来なかったので、こうなった。

後に写真見て悲しくなった

 

それからいろいろとお昼のパレード

3つのマウンテンも制覇したところでそろそろ異世界への<ゲート>も開かれるのかなといったところだが、その後も結構時間的余裕ができてイッツアスモールワールドに乗った。昔は何故か謎の狂気を感じてまともに楽しめなかったが、今回は普通に楽しめた。前の人がスマホを手にして何かしていたような気がしたけど気のせいでしょう。うん。

そして昼のパレード。ハロウィン期間の特別なやつだ。パレードは開始数十分前くらいからそれなりに待機の人だかりができる。それに便乗して私たちも、着席。と、ここで前の夫婦とその赤子

 まぁ、うん。さっきのスマホでも思ったけどさ。夢の国の人民は皆現実なんだよね……

私の母はこういうマナー違反的なのを見ると割と見知らぬ人にガチギレしたりするんだけど、自分はその遺伝子は受け継いでいないようだ。なんというか、正義感云々より場の空気が悪くなるのがいたたまれないからなのかもしれない。

パレードはグーフィーにリズムを取ってと言われたのですが、これが難しい。デレステより難しかった。その辺にいた幼女の方が上手かった。内容は賑やかで楽しかった。なんで写真が無いかって?ベビーカーが邪魔で撮影できなかったの!!!!!んもーーー!!!!!

 

そして早めの昼食。Lのダイレクトマーケティング(つまりおすすめ)によりこちらを購入

ベーコンとパイナップルのピザ

 

酢豚にパイナップルもポテトサラダにリンゴやミカンも許さない硬派な私ですがこれは素直に美味しいと思いました。お値段もセットで620円と比較的良心的。

 午前中は最後にファストパスを取っておいたプーさんのハニーハントに乗った。何を隠そう、私が一番好きなディズニーキャラはプーさんである。なにせあの消える魔球すらホームランで返す実力者であり、100エーカーの森で名人の如きゴルフをプレーしてくれるのだ。嫌いな訳がない。アトラクションは昔と変わらず、なつかしさを感じた。あと途中のプーさんが浮いてるやつは若干怖い。

 

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出るときに買った飴。スローロリスではなくクマだ。

 

というわけで

書き切れなかったので後編に続きます。記憶が新しい内に更新したいところ……

 

【デレステ】BEYOND THE STARLIGHTがフルコンできなくて騒ぐだけ

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「プロデューサーさんは、私の良いところは『妥協』だ、って…。だけど、だけど……」

「『PRO』なんて、『MASTER』なんて、誰でもフルコン出来るもん…!」

「何にもない…私には何にも…。」

 

デレステのイベント曲「BEYOND THE STARLIGHT」のMASTER+がフルコンできそうでできない。あまりにもできそうでできないのでただ騒ぎたいと思う。「で」が多すぎる。

そもそもこの「BEYOND THE STARLIGHT」という新曲。発表され作曲家を確認したところ、なんと私が大ファンである石濱翔氏。全人類が見るべきアニメ「アイカツ!」及び「アイカツスターズ!」にて数々の名曲を生み出してきた方であり、デレステではTulipを手掛けたことで有名。今回の新曲も聞いた瞬間に「あぁ…最高やな……」と思わず呟いてしまった。MONACA(石濱氏が所属する作曲家集団)らしいキャッチ―なメロディで、物語の終わりと新たなる始まりが訪れるような感動を味わえる文句無しの神曲である。既に指摘が多いが、同石濱氏作曲のアイカツOP「START DASH SENSATION」と類似性があるので気になる人は聞き比べてみてはいかがだろうか。

で、今回のMASTER+の難易度は29。実は前回の「Near to You」(以下そばつゆ)をフルコンできてしまったので「今回もいけるやろwww」となめてかかっていた。ぺろぺろ。実際、そばつゆより局所難(部分的に難易度が跳ね上がること)が無く、繰り返す毎に安定してきて、ミス判定が減ってきた。

 

で も 、 0 に な ら な い 。

 

あれ……?おかしいな?なんで俺こんなにやってもフルコンできないなんだろ……?

既に10回以上、1箇所の失敗でフルコンを逃している。いつまで経ってもどこかでミスる。何故かできない。どうしてもできない。できないことをツイートして同情を求める。哀れ。

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同じ値段でステーキもできない。

どうしようもないので原因を考えた。

  • イントロ終わり(Aメロ前)の連続スライド&タップ

 ここで死ぬことがかなり多いことが分かった。1回目のスライドがどうしても認識されずにMISS。何度かリハーサルをやって気づいたことは、タイミングの問題ではなく、最後までスライドができていないことではないかということである。つまりスライドが途中で途切れているのである。打開策としては、多少は時間を掛けてでも最後まで指を伸ばす、奥まで伸ばしたことを確認してから指を離す、等であろうか……

  • 連続タップ

なんていえばいいか分からない。私はドコドコ地帯と呼んでいる。毒茸伝説の最後でもそうなのだが、どうしてもタイミングがズレる。人間という生き物はある物事が連続すると必ず「慣れ」を覚える習性があり、自分の技術を過信する傾向にある。ドコドコをミスするのはまさに連続による慣れが導く油断であると考えられる。対策としては、譜面の速度を上げてしっかりと目で追うこと、曲をしっかり聞くこと、だろうか。ちなみに速度は9でやっている。iPadAir2だと少しカクつくので定期的なメモリキャッシュの削除が必要な気がする(あんまり意味ない気もするけど)。

  • 緊張

最大の敵。前述の二箇所を突破すれば、実際怖いものはない。のだが、突破できたことが判明した瞬間、半端ない緊張が私を襲う。もしかしたら今回でフルコンいけるのではないか。またやり直すのは嫌だ。これを無駄にするわけにはいかない。といった邪念が半端ない勢いで頭になだれ込んでくる。で、簡単なとこでミスる。そばつゆでは局所難がラスト付近であったため、そこを突破した瞬間フルコンを確信した。しかし今回は序盤に苦手な箇所が集中する。その後の緊張状態が果てしなく長い。助けて中居くん。時戻してキムタク。

 

というわけで、騒ぐというか割と自己分析をしただけだった。これを書いてる時点でイベント終了まであと3日。正直実績が残るわけでもないし普通に諦めてもいいんだが、とりあえず最後まで粘ってみようと思う。

 「BEYOND THE STARLIGHT」が素晴らしい曲であることは間違いないので、みなさん早速デレステを起動してお気に入りの編成でMVを再生しよう。君の担当アイドルが走り出すよ。あと、ウサミン限定SSR復刻が楽しみですね。

リアリティとフィクションの狭間で(1)~NEW GAME! 8話のねねっちの話~

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桜ねね。NEW GAME!の登場人物であり、主人公涼風青葉の親友である。NEW GAME! 8話に登場する彼女の姿を見ていて、ある違和感を覚え、以前から考えていたある理屈と結びついた。ので、ちょっと書いてみたいと思う。始めに断っておくと、私は原作単行本の既刊は所持しており、全て読み終えている。原作では感じなかったのにアニメでは感じたことについて触れたいと思う。

 

ねねっちの行動に対する違和感 

 

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冒頭のこのシーン、といえば視聴した人はもう分かってくれたと思う。ねねっちは、大学での期末試験を全て終え、その嬉しさの余り講義室内であるにも関わらず「夏休みだー!」と大声で叫んだのである。当然、特に親しい友人に話しかけたわけでもなく独りでそのような行為をしたら、室内にいる学生の大半から注目を浴びてしまう。

ねねっちはこの行為を皮切りに、8話内で様々なわんぱくをしでかす。バイトに初日から遅刻、会社内を勝手にうろつく、冷蔵庫の中にある誰のかも知らないプリンを勝手に食べる、など割と問題行動を連発する。が、そこはフィクション。作り話。アニメだと思って見ている視聴者にとっては「元気だなぁwww」とか「かわいいwww」とかその程度の印象に留まるはずである。

ところが、この回を見た視聴者の中には「ねねっちこれアカンやろ」とか「見ていてイライラする」といった感想を持った人が一定数いた(信用ならないソース)。そして自分もまたねねっちの問題行動が気になってアニメを純粋に楽しめなかった一人なのである。

 

何故ねねっちはアカンかったのか

単行本では2巻に収録されている回であるため、ずいぶん前の話ではあるのだが、私が原作を読んだときにはこのような違和感は特に無く、むしろ前述した「元気だなぁwww」とか「かわいいwww」とか、そっちの印象を抱いた記憶がある。先程の「夏休みだー!」のシーンは原作だとこうなっている。

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両者を比較すると明らかになる点とは、「原作には背景が無い」ということである。背景とは、講義室も指すし、講義室内にいる他の学生のことも指す。

そう、4コマ漫画は、小さいコマにセリフと絵を収めるため、普通のコマ割りの漫画とは異なる技術が用いられている。そのため4コマの多くは、人物に焦点を当てることを目的とし、背景を簡略化している。そしてそのことこそが今回感じた違和感の原因であると私は考えた。

 

背景はリアリティを演出するに欠かせないもの

ある漫画家兼スタンド使いも言っていたように、リアリティは作品づくりに欠かせない。面白いと思わせることとは、すなわち共感させることであり(もちろんそうでない場合の面白さも存在するが)、人間の想像力をより豊かにするためには、その人の脳に訴えかけるような共感が必要なのだ。そして何より余りに現実味に欠いた描写というのは、萎える。そこに生きているように感じられなくなる。

NEW GAME!の作品としての魅力は、そのリアリティとそうでない部分のちょうどいい塩梅であると私は思う。登場人物が全員女性であり、主人公が高卒で入社するという比較的ぶっ飛んだ設定の中に、ゲーム制作の過酷さや人間関係の妙をリアルに描く部分があり、多面的な楽しみ方ができる作品であると考える。ところが前述したシーンではその食い違いが発生してしまったように感じたのだ。

おてんばな性格であるねねっちは、言ってしまえばフィクション特有のキャラクターであり、リアリティとは異なるいわゆる「非現実的可愛さ」を前面として出す要素である(古くは萌えとも言う)。そこにアニメスタッフによる「背景のリアリティ」が加えられてしまったのだ。講義室と周りの人を描いてしまったことにより、原作のようにただのおてんばなワンシーンで済まされなくなってしまった。このように、非現実的可愛さを楽しもうとしている視聴者の希望に相対してリアリティを演出する背景がぶつかってくることが、視聴者に混乱を招いていると私は考える。それは老人が大半の田舎のあぜ道をコスプレイヤーが闊歩するようなものであり、本来フィクションであるべきものをリアルの一環として浮き彫りにしてしまったも同然なのである。例えの下手さはともかくとして。

 

以前に感じたものとは

似た現象を「WORKING!!」のアニメを見ていた時にも感じたのだ。これはNEW GAME!と共通点が多く、ファミレスでのバイト、つまり仕事をテーマにした4コマ漫画のアニメ版である。特に第2期で感じたことなのだが、松本さんという自称普通キャラがアイキャッチ的にせっせと働いているシーンが多々挟まれ、映像だけみると結構リアリティがあったのだ。背景はもちろん、店内の環境音なども本物に近いつくりになっていた。WORKING!!を知っている人は分かるだろうが、この作品はラブコメギャグがメインとなっている。そのため先ほど述べた条件と合致していることが分かる。

 

おわりに

今回は、アニメの背景ってけっこう印象を左右するんだなーという考えをまとめてみた。似たような違和感を持っていた人が共感できるかはわからないけど、参考になれば幸いである。ねねっちは好きなキャラの一人だし、原作だと後々意外な成長を見せたりするキャラなのでアニメ版でも期待大である。まぁ2期が無い限りそこまでいかないでしょうけど……

(1)と書いたけど続けるかはわかりません。続いたときは別作品について何か書きたいですね。ではまた。

 

 

 

駅構内のトイレでビッグフットとナワバリバトルした話

今までの人生で、死を覚悟した瞬間というものはあるだろうか。

私は何度もある。レポート提出日に寝坊とか、跳び箱前転を失敗した時とか(体育の授業に器械運動はいらない)、組体操のピラミッドを失敗した時とか(体育祭に組体操はいらない)、女児向けアーケードゲームに興じている際に隣で妖怪ウォッチをやっている少年に「なんでそれやってるの?」と聞かれた時とか、いろいろある。

死を覚悟した瞬間の中にもいくつかレベルがあると私は考える。いやそんなに死を軽々しく感じるなよという話ではあるのだが、実際ある気がする。その中でも特にレベルが高い、あってはならない部類の死とは『他人に被害を及ぼすタイプの死』であると私は主張する。被害が自己完結してさえいれば、それは自分ひとりの死である。痛みに軽重はあれど、結局は自分の身体やらプライドやら女児心やらが傷つくに過ぎない。ところが、他人を巻き込むタイプはそうはいかない。人に迷惑を掛ければ、当然申し訳ない気持ちになる。たくさんの人に迷惑を掛ければ、乗算的に申し訳ない気持ちになる。

 

以上の理屈を踏まえると、特にやばい、文句なしのSSSクラスの、SSR確定演出の、人生ガチャ大爆死の瞬間とは、人体の上か下から禁忌を出すことであると考える。

 

ま、つまりゲロとか脱糞とか放尿とかです……

話題は汚いけどそんな汚い表現にはしないつもりなのでブラウザバックしないでください……

 

その日私は急行電車に乗った。次の駅に停車するまでに少なくとも10分はかかるそれである。いつも通りこんな回りくどい前置きをしたのでもう分かってくれた方も多いと思うので、とっとと本題に入りましょう。

 

 

腹痛、襲来。

 

 

(あああああああああああああああああああああああ)

 

 

濁流の如き胃腸の暴走。ここから出せと言わんばかりの老廃物(未来の排泄物)の主張。崩壊する自律神経。天国へのカウントダウン

(俺、ここで死ぬのかな……)

まさに死を覚悟した瞬間である。まだ出してないのに!この時点で死を!

(どうせ死ぬなら…)

といって死後強まる念で肛門に伸縮自在の愛を発動することができればよかったのだが、あいにく私は念能力の一つも持っていない。と、ここで、

 

「次はー○○ー○○ー(停車駅のアナウンス)」

 

(!!!!!!!!!)

耐えたッ!よくやったぞ俺ッ!降りたこともないよく知らない駅だけど取りあえず駅構内にあるトイレを利用すればッ!

ドアが開いたその刹那、私は震動を抑えつつ、且つ迅速な足取りで階段へ向かった。多分『瞬歩』とか『響転(ソニード)』とかそのへんを習得できてたと思う。

(あった!男性のピクトグラム!)

男子トイレをくどい表現で言い換えつつ私はその目当ての場所に向かっていた。入り口には人影、脳裏を過ぎる嫌な予感。

(いや……一人並んでいるくらいなら耐えられる……ここは自分を信じて突っ込むしか……)

 

その時であった。奴が現れたのは――――――

 

 

 

「ハンッ!フンッ!ハンッ!フッ!ハッ!ハッ!ハッ!フンッ!!!!

 

声として漏れるその限界を超えた呼吸。蒸発が如き汗の噴出。今にも胆汁を吐き掛けそうなその膨らんだ腹部。私の右斜め前方から、そいつは現れた。

 

フンッ!ハッ!フンッ!!

 

(あああああああああああああああああああああああ!!!) 

 勝てない。こいつの走力に俺は勝てない。俺はこいつに先を越される。その巨体。巨漢。立ち居振る舞い。全てが人知を凌駕したそれ。その姿はまるでビッグフット――

 

「フゥゥゥゥ!フッ!」

 

ビッグはすぐさま男子トイレの個室の列に並び始めた。

(これは……もしかすると……!)

恐らく私と同様の極限状態であるが故、周囲を見渡す余裕などとうに失われていたのだろう。だが、そこが私とこの図体だけの巨漢(ウルトラ失礼)との差である。

(お前には見えていないようだな……多機能トイレが!!)

多機能トイレ。体の不自由な人が優先ではあるが、やむをえない場合は使用してもよいと考えている。なにぶんこの非常事態である。利用しない手はない。幸い多機能トイレには列が無く、中の一人さえ出れば私が救済されることは自明であった。

(この勝負、もらったよ……)

キメ顔でそう心の中で呟いた瞬間、戦慄奔る――――

 

 

ハッ!ハッ!ハッ!フンッハッ!!!

「う、」

うわあああああああああああああああああああああああああビッグきたああああああああああああああああああ!!!

おいやめろこっちくんなやめろばか無駄に俊敏なのやめろまだ俺がぴったりドア付近に近づいていないから並んでいない理論通すのやめろ息荒いのやめろ服装俺と似てるのやめろやめろ……やめ……

 

(………………!!)

 

何、だ……、この、禍々しいオーラは……。こいつは、先ほどから息を荒げて威圧をしているだけのように見えた。しかしそうではない。こいつは、本気で、私以上に、""覚悟""を背負っている。こいつの腹の底が、果てしない。内に秘めたる終わりの見えない""死""のオーラに、私はあっさりと気圧されてしまった。

 

あんたはここに立つ資格が無い。それだけのことだ。

 

 確かに、私の目を見て、その巨漢は、そう訴えかけていた。

 

 

(負けだ……)

かつてない程の完全敗北であった。背負うものが違い過ぎる。腹に秘めた絶望は私を圧倒していた。雑兵たる、虫けらたる、洗面所に虚しく沈む石鹸のカスたる私は、ただ頭を垂れて這いつくばる他無かった。けど、トイレは汚いし、這いつくばるのはやめた。

ここはお前に譲ってやるよ。いいさ、俺が死ぬ代わりに誰かが助かるんだ。理想を抱いて溺死してやるさ。固有結界を張って無限の排泄<アンリミテッド・ブリブリ・ワークス>してやるさ。でも思い出してほしい。お前が今日この時を安息に生き続けていられるその事実は、私の親切心より生まれたものであることを。忘れないでほしい。尊い犠牲を。週一くらいのペースで拝みに来てほしい。一人の勇者の石碑を。

 

 

※この後何があったか、同じノリで書こうと思ったけど、どうあがいても面白くならないので適当に書きます。

私は駅から出てコンビニを探しました。数分後、唯一と思える近辺のコンビニを見つけました。サンクスでした。トイレがありませんでした。店員はレジにでも用を足してるんでしょうか。怒り狂いました。とっととファミマになれと思いました。何がすぐそこサンクスだトイレもすぐそこに置けやと思いました。結局ビッグが居た駅構内のトイレに戻りました。清掃のおばちゃんが来てました。終戦を感じました。ケツから玉音放送が流れ始めました。おばちゃんが私にアイコンタクトしました。その目線の先、秘密の隠し扉がありました。というか、和式が一つ空いてました。ありがとうおばちゃん。玉音放送が水に流れました。幸い外傷は無く無傷でした。待ち合わせの時間をだいぶオーバーしていたので急いで電車に乗り、スマホをリュックから取り出そうとしました。オレンジ色の錠剤を見つけました。ストッパって書いてありました。

「って下痢止め持ってるやないかーい」

おしまい

恥ずかしいことから逃げようとしたら更に恥ずかしかった話

公衆の面前において、気まずい雰囲気や恥ずかしい思いというものは誰しもが一度は経験するものだろう。

例えば電車内。さっきまで大声で会話していた友人が先に降りた後の電車内。さっきまで談笑に夢中でテンション爆上げだった自分が、一瞬にして静寂の中の一人に様変わりするこの空気感。何故か恥ずかしい思いにならないだろうか。

例えば人通りの多い道。何もないところで躓いた後の雰囲気。視線は一斉に自分へ向けられる。何故か恥ずかしい思いにならないだろうか。

そう、誰かがいればいいのだ。恥というものは実は共有できる仕組みになっていて、恥力530000を食らったとしても4人で行動していたら一人当たり132500に分配が可能であるのだ。等分であるかはさておいて。

しかし現実は孤独だ。530000をモロに食らった瞬間、自分はいつも思うのだ。

「ああ、この世界には自分ひとりしかいないんだな」

もう気分は終末の世界に立ち向かう一人のソルジャーである。携帯固形栄養食で飢えをしのいだ夜に焚火に映る妹の幻影なんか見ながらつぶやく感じである。

 

で、その宿命のソルジャーはどうやってその状況を乗り越えるかというと、方法は単純で、「逃避」である。防衛機制でもおなじみの逃避である。

電車の静寂が嫌ならイヤホンを付けて騒がしくしてしまえばいい。転んだ時の視線が嫌なら人目につかないトイレにでもダッシュしてしまえばいいのだ。ソルジャーってほら、泥臭さから美を見出すものだからさ。

 

そんなわけでやっと本題なのだが、突然だがみなさんは「とらのあな池袋店」に行ったことはあるだろうか。少し説明すると、池袋のとらあなは離れた位置に2店舗存在し、それぞれ男性向けと女性向けで隔離されたような配置になっている。シコ猿の僕はというと、当然男性向けの成年向け単行本コーナーに幼児が、じゃなくて用事があったのである。

ところが、このとらのあなA店(女性向けはB店である。このアルファベットを覚えておいてほしい)なかなか立地が悪い。多分だけどエレベーターでしか行けない。そしてビルディング自体が保険会社等と複合で利用している感じでスーツを着たリーマンとキモオタが同じ箱の中で上昇する奇妙な光景が楽しめる(楽しめない)。で、そのエレベーターの中には各階の案内表示が無いのだ。つまり乗る前にしっかり目的の階を覚えてボタンを幼い、じゃなくて押さないといけないのだ。まぁ、ここまで言えば大体予想はつくと思うけど、そういうことである。自分が押した階のドアが開いた瞬間気づいた――――

 

 

 

 

 

 

(押し間違えた)

 

 

 

 

眼前に広がるのは一面の闇。照明の消えた保険会社。静謐が支配する結界。

で、押し間違えたなら当然すぐに閉めて目的の場所を押し直せばいいだけなのだが、今回はその主導権が僕になかった。何故ならエレベーターボーイ一般人(以下、エレ人)がいたからである。エレ人(以下、エレ)は1階にて「何階ですか?」と聞いてくれて、僕はそれに「5階です!」と堂々と答えてしまったのだ。5階、広がる闇、見つめるエレ(以下、エ)。エの親切心を無駄にする心苦しさもあったが、何より「間違えました」というたった一言がどうしても恥ずかしくて言えなかった。今になって振り返るとなんでそんなことをしたのか皆目見当がつかないが、僕は考えてしまったらしい。

 

「あと1階は階段で上がればいいか!!!」

 

なんか降りてしまった。階段へのドア、鍵かかってた。監視カメラにバッチリ捉えられた。

「何してんだお前……」

蔑むようなトーンで警備員が話しかけてきた。さぁ、何してんでしょうね?

そんなわけで警備員さんと一緒にとらのあながある6階へ向かった。ぶっちゃけ、その数分間は21年間生きてきた中でベスト3に入る恥ずかしさだった。警備員さんにエロ漫画物色を誘ったらどうなるんだろう……とか考えるくらいの余裕はあった。

結論何が言いたいかというと、逃避はあくまで逃避でしかないということである。逃避した先が安住の地である保証なんてどこにもない。ダメージは倍々になって襲い掛かってくるかもしれないし、恥力106万かもしれない。

だから受け入れるのだ。為替ピカチュウで有り金を溶かしてあの世GOするくらいなら、ライフで受けろって、そういう話なのだ。

「痛みを受け入れて、それを乗り越えてこそ、真の自分だよ」

ソルジャー僕からの一言で結びとさせていただこう。

 

 

 

※後日談

 

「久々に来たけどもう間違えないぞ!とらあなは6階と7階だな!よし7階!ぽちっと!」

 

半年ぶりくらいに再戦。7を押せば終わる一瞬の自分戦争であった。

チーン。ドアが開く。

「チーンってな。ちー、え、ち、ちん……」

 

目の前に広がっていたのは、男性同士が熱く身を寄せ合った数々のイラスト。あられもない姿になった六つ子。刀の擬人化の刀の部分の鍔迫り合い。男性客、自分1人。

 

「あああああああああああああああああああ」

 

とらのあな池袋B店、そこにはそう書かれていた。ソルジャーは世界を捨てた。