駅構内のトイレでビッグフットとナワバリバトルした話
今までの人生で、死を覚悟した瞬間というものはあるだろうか。
私は何度もある。レポート提出日に寝坊とか、跳び箱前転を失敗した時とか(体育の授業に器械運動はいらない)、組体操のピラミッドを失敗した時とか(体育祭に組体操はいらない)、女児向けアーケードゲームに興じている際に隣で妖怪ウォッチをやっている少年に「なんでそれやってるの?」と聞かれた時とか、いろいろある。
死を覚悟した瞬間の中にもいくつかレベルがあると私は考える。いやそんなに死を軽々しく感じるなよという話ではあるのだが、実際ある気がする。その中でも特にレベルが高い、あってはならない部類の死とは『他人に被害を及ぼすタイプの死』であると私は主張する。被害が自己完結してさえいれば、それは自分ひとりの死である。痛みに軽重はあれど、結局は自分の身体やらプライドやら女児心やらが傷つくに過ぎない。ところが、他人を巻き込むタイプはそうはいかない。人に迷惑を掛ければ、当然申し訳ない気持ちになる。たくさんの人に迷惑を掛ければ、乗算的に申し訳ない気持ちになる。
以上の理屈を踏まえると、特にやばい、文句なしのSSSクラスの、SSR確定演出の、人生ガチャ大爆死の瞬間とは、人体の上か下から禁忌を出すことであると考える。
ま、つまりゲロとか脱糞とか放尿とかです……
話題は汚いけどそんな汚い表現にはしないつもりなのでブラウザバックしないでください……
その日私は急行電車に乗った。次の駅に停車するまでに少なくとも10分はかかるそれである。いつも通りこんな回りくどい前置きをしたのでもう分かってくれた方も多いと思うので、とっとと本題に入りましょう。
腹痛、襲来。
(あああああああああああああああああああああああ)
濁流の如き胃腸の暴走。ここから出せと言わんばかりの老廃物(未来の排泄物)の主張。崩壊する自律神経。天国へのカウントダウン。
(俺、ここで死ぬのかな……)
まさに死を覚悟した瞬間である。まだ出してないのに!この時点で死を!
(どうせ死ぬなら…)
といって死後強まる念で肛門に伸縮自在の愛を発動することができればよかったのだが、あいにく私は念能力の一つも持っていない。と、ここで、
「次はー○○ー○○ー(停車駅のアナウンス)」
(!!!!!!!!!)
耐えたッ!よくやったぞ俺ッ!降りたこともないよく知らない駅だけど取りあえず駅構内にあるトイレを利用すればッ!
ドアが開いたその刹那、私は震動を抑えつつ、且つ迅速な足取りで階段へ向かった。多分『瞬歩』とか『響転(ソニード)』とかそのへんを習得できてたと思う。
(あった!男性のピクトグラム!)
男子トイレをくどい表現で言い換えつつ私はその目当ての場所に向かっていた。入り口には人影、脳裏を過ぎる嫌な予感。
(いや……一人並んでいるくらいなら耐えられる……ここは自分を信じて突っ込むしか……)
その時であった。奴が現れたのは――――――
「ハンッ!フンッ!ハンッ!フッ!ハッ!ハッ!ハッ!フンッ!!!!」
声として漏れるその限界を超えた呼吸。蒸発が如き汗の噴出。今にも胆汁を吐き掛けそうなその膨らんだ腹部。私の右斜め前方から、そいつは現れた。
「フンッ!ハッ!フンッ!!」
(あああああああああああああああああああああああ!!!)
勝てない。こいつの走力に俺は勝てない。俺はこいつに先を越される。その巨体。巨漢。立ち居振る舞い。全てが人知を凌駕したそれ。その姿はまるでビッグフット――
「フゥゥゥゥ!フッ!」
ビッグはすぐさま男子トイレの個室の列に並び始めた。
(これは……もしかすると……!)
恐らく私と同様の極限状態であるが故、周囲を見渡す余裕などとうに失われていたのだろう。だが、そこが私とこの図体だけの巨漢(ウルトラ失礼)との差である。
(お前には見えていないようだな……多機能トイレが!!)
多機能トイレ。体の不自由な人が優先ではあるが、やむをえない場合は使用してもよいと考えている。なにぶんこの非常事態である。利用しない手はない。幸い多機能トイレには列が無く、中の一人さえ出れば私が救済されることは自明であった。
(この勝負、もらったよ……)
キメ顔でそう心の中で呟いた瞬間、戦慄奔る――――
「ハッ!ハッ!ハッ!フンッハッ!!!」
「う、」
うわあああああああああああああああああああああああああビッグきたああああああああああああああああああ!!!
おいやめろこっちくんなやめろばか無駄に俊敏なのやめろまだ俺がぴったりドア付近に近づいていないから並んでいない理論通すのやめろ息荒いのやめろ服装俺と似てるのやめろやめろ……やめ……
(………………!!)
何、だ……、この、禍々しいオーラは……。こいつは、先ほどから息を荒げて威圧をしているだけのように見えた。しかしそうではない。こいつは、本気で、私以上に、""覚悟""を背負っている。こいつの腹の底が、果てしない。内に秘めたる終わりの見えない""死""のオーラに、私はあっさりと気圧されてしまった。
あんたはここに立つ資格が無い。それだけのことだ。
確かに、私の目を見て、その巨漢は、そう訴えかけていた。
(負けだ……)
かつてない程の完全敗北であった。背負うものが違い過ぎる。腹に秘めた絶望は私を圧倒していた。雑兵たる、虫けらたる、洗面所に虚しく沈む石鹸のカスたる私は、ただ頭を垂れて這いつくばる他無かった。けど、トイレは汚いし、這いつくばるのはやめた。
ここはお前に譲ってやるよ。いいさ、俺が死ぬ代わりに誰かが助かるんだ。理想を抱いて溺死してやるさ。固有結界を張って無限の排泄<アンリミテッド・ブリブリ・ワークス>してやるさ。でも思い出してほしい。お前が今日この時を安息に生き続けていられるその事実は、私の親切心より生まれたものであることを。忘れないでほしい。尊い犠牲を。週一くらいのペースで拝みに来てほしい。一人の勇者の石碑を。
※この後何があったか、同じノリで書こうと思ったけど、どうあがいても面白くならないので適当に書きます。
私は駅から出てコンビニを探しました。数分後、唯一と思える近辺のコンビニを見つけました。サンクスでした。トイレがありませんでした。店員はレジにでも用を足してるんでしょうか。怒り狂いました。とっととファミマになれと思いました。何がすぐそこサンクスだトイレもすぐそこに置けやと思いました。結局ビッグが居た駅構内のトイレに戻りました。清掃のおばちゃんが来てました。終戦を感じました。ケツから玉音放送が流れ始めました。おばちゃんが私にアイコンタクトしました。その目線の先、秘密の隠し扉がありました。というか、和式が一つ空いてました。ありがとうおばちゃん。玉音放送が水に流れました。幸い外傷は無く無傷でした。待ち合わせの時間をだいぶオーバーしていたので急いで電車に乗り、スマホをリュックから取り出そうとしました。オレンジ色の錠剤を見つけました。ストッパって書いてありました。
「って下痢止め持ってるやないかーい」
おしまい