LIFE LOG(塵芥の終着点)

塵芥の終着点

あなたの無駄な時間をもう少し無駄にするブログ

6月某日:失われた傘を求めて

傘がない

夕刻、バイトに出かけようと玄関に腰掛けて気づく。傘立てに私の傘が無い。

嫌な動悸がした。電車の座席の端っこにある手すりの映像が脳内で再生される。私は高校生の頃、母から貰った5千円近くする良い傘を電車に忘れてきてひどく怒られたことがある。それ以降は傘の置き忘れに細心の注意を払うように心がけてきたつもりだった。しかしここ数年はほとんどを折り畳み傘で済ませることが多く、その注意が薄れてきていたのかもしれない。

(いや、しかし、映像が完成しないぞ……? )

どう脳内をかき回しても、手すりのアレに引っ掛けたままにした映像は出てこない。そもそも電車に傘を持ち込んだ場合、その不便さ、邪魔さが気になって妙に記憶に残りがちなのだが、それが無い。電車の線は薄いようだ。

そもそも前に雨だったのはいつだったかを思い出すと、丁度一週間前のこの時ではないかということに気づいた。そうだ、先週バイト先に向かうときに傘をさしたではないか。

となると答えは明白。バイト先に傘を置き忘れたまま帰ったのだ。確か先週は帰りには雨が止んでいた。一刻も早く家に帰りたい自分のことだ。行くときに雨が降っていた記憶など片隅にどけられていたに違いない。

折り畳みを使ってバイト先に向かった。が、私の傘はそこにも無かった。

バイト中ずっとモヤモヤした気持ちで時間が経過していた。一週間前、確かに私は傘を持ってあの道を歩いた。ではどこに消えたか。誰かに盗まれたか。

微細に記憶を振り返る。その日買ったもの、食べたもの。思い出す。なんか、たしか、その日は飲酒しながらスプラトゥーンのフェスをやってたような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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???????????

あ、ローソン寄ったな。んでビールとこのたまご買ったわ。その後から傘持ってる記憶無いわ。

アルコールで直後の記憶が飛ぶ話はよく聞くが、直前の記憶が飛んでいたとは。

ローソンへ

バイト終了後、すぐさま行きつけのローソンへ。忘れ傘ってどうやって保管してるんだろう?傘立てにささったままとかそういう面白エピソードになってくれてないか?などと思考の無駄遣いをして足早に向かう。こういう状況で歩を進めるスピードを上げたところで、一週間前に置き忘れた傘に対しては何の意味もなさないのだが、急いでしまうのが人間の性なのだろう。コミックマーケットでめちゃくちゃ早歩きしたところで結果が変わらないのと同じだ。

と、到着。田舎で23時のローソンだ。客はおらず、店員は1人しかいない。なんとなくいきなり店員に「傘が…」と言うことに気が引け、何か買うことに。デカビタCを持ってレジに向かう。

 

私「あの……」

店員(ひげもじゃでダンディなオッサン)「はい?」

私「一週間前に傘を置いてきてしまったのですが……」

店員「あー……ビニール傘ですか?」

私「あ、いえ、黒い傘なんですけど……骨がやたら多いやつで」

店員「ああ!ちょっと待っててくださいね」

 

お!やはりここに忘れていたのか!と安堵。ちなみに傘の裏側の骨は親骨(おやぼね)といい、それを中心で支えてるのが受骨(うけぼね)というらしい。店員がイートインスペースの奥にある謎の扉を開ける。これの正体は掃除用具や忘れ物を管理する倉庫だったのか、と発見。

 

店員「これですかね?」

 

しばらく漁ってから差し出された傘は確かに黒傘ではあった。しかし私のではない。

首を横に振ると、店員は「ううん……」と困惑する。

 

店員「ええっと……あと、あるのは、黒っていうか……茶色のやつで、先の方が折れてるやつしかないんですけど……これなんですが……」

 

私「あ」

 

私のだった。

 

自分の傘を黒傘と思い込む精神異常者

確かにその傘は、黒傘と呼ぶには余りにも生気を失った、黒味が剥げ落ちた焦げ茶色をしていた。骨の先端(露先というらしい)はいくつか折れ曲がっていて、その機能を失っている。高校時代に紛失し買い直した以来、5年以上使い続けている傘だ。長く使っている当人は全く気付いていなかったが、私の傘はこんなにもボロボロだったのだ。そうか、私の傘は黒色ではなかったのか。

傘を引き取ってローソンを出る。忘れ傘を回収するケースは少ないのか、店員はどう対応すれば良いのかとやや言葉に詰まっていた。確かにこの場合店員お決まりの「ありがとうございました」は何か違うし「良かったですね」は妙に馴れ馴れしいし、言葉に困るよな、と思った。

無事失われた傘を見つけ、一件落着なのだが、どうにも心にモヤモヤが残った。なにせ自分がボロ傘を使っているという認識が欠けていたのだ。カッコいいと思って着てたTシャツが陰で皆に笑われていたような気持ちである。

どうせなら。

どうせなら、この傘を極限まで使い込もう。そう思った。

茶色どころではない、黄土色みたいな不気味な色になっても、色あせて縞模様が際立っても、敢えてクリーニングせずに使い続けよう。これ以上骨が折れても、雨避けの機能が完全に死ぬまでは使い続けてやろう。この傘に私が生きてきた証を刻み込もう。そんな大それた、大袈裟な目標を掲げながら雨の無い夜道を歩いた。

 

P.S.

日本洋傘振興協議会に骨が折れたらやめろと言われたのでやっぱそのうち捨てます。

http://www.jupa.gr.jp/pages/notice

 

P.P.S.

知り合いに口頭でこの話をしたら30秒くらいで終わったので、如何にこのブログが無駄な贅肉で構成されているのか身に染みた。贅肉だけに。