8/1(木):通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃の母なる雨
この間死にかけた話します。
夏の雨粒がペトリコールを匂わせたその時、既に豪雨は始まっている
ペトリコールとは、雨が降ったときに地面からただよう香りのことだ。昔オーストラリアの学者がその原因が岩石から放出される油であることを由来として命名したそうだ。ギリシャ語でペトラが岩を意味するから多分その派生語だ。米津玄師も曲名にしてる。
そんなペトリコールが匂い立ったその時、私は正に急いでいた。バイトの時間が迫っているにも関わらず、未だ自宅にいたからだ。外はポツポツと雨粒が垂れ始めていた。しかし今から徒歩で出発するとほぼ確実に遅刻する。自転車で行くしか無い。この時の私はあまりにも欠けていた。何が? 思考力が。危機管理能力が。用心が。そしてレインウェアが……
ドアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(豪雨のクソでかい音)
家を出て5分、そこにはあまりにも無力で、無残な成人男性の姿があった。
田舎の雨宿りには警察と老人しかいない
幸いにもすぐそこに鉄道のガード下があり、そこに避難することができた。既にYシャツにしっとりと水が染み込んだ状態ではあったが、家に引き返すことはできない。往復を考えるとバイトの遅刻は確定である。仕方ないが、多少の被弾は覚悟して雨が弱まったら一気に行くしかない。という訳で急がば待て、だ。しばらくここで雨宿りをしよう。
雨宿りの宿には、普段はほとんど会話をしない同じクラスの女子が偶然いたりする。そして濡れた服から下着が透けていて、黙って赤面したり、或いは見るなと激昂したり、そのまま本番に移ったりする。快楽天にそう描いてあったから多分そうなんだろう。
しかしまあ、現実は少子高齢社会である。平日の昼に何もない外をぶらついている人間なんていうのは、それが楽しいと思える人間か、それを仕事にする人間くらいしかいない。前者は散歩中の老婆であり、後者は巡回中の女性警察官であった。2人は雨の状況やらここ数日の天気についてやらをにぎやかに話していた。軽く会釈だけして、私はただ目の前に広がる畑が猛烈な被弾の音を鳴らしているのを、遠くで何かを諦めたように全身ずぶ濡れでゆっくりと外を歩くお爺さんを、ぼうっと眺めていた。
自然現象は時に手を緩め、生物の油断を誘う
3分くらいだろうか。そうやって見つめていたのは。
流石のゲリラ豪雨。ラーメンタイマー程の時間でその勢いは半減した。
どうするか? もう少し様子を見て完全に弱まってからここを去るか。それともこの隙をみて一気に駆け抜けるか。
決まっている。就業開始が刻一刻と迫っているのだ。行くしかない。
そう思ってペダルを漕ぎ始めた私を、後ろで見ていた老婆と警官はどう思ったのだろうか。ひょっとしたらまだ時期尚早だと思っていたのかもしれない。私は全力で漕ぐ。
なんだ、大丈夫そうだ。太陽も姿を見せ始めたし、このまま完全に止むだろう。本当に一瞬の豪雨だったのだ。
「ん?」
強烈な違和感に襲われた。景色があまりにも現実味を帯びていなくて、一瞬どうなっているのか分からなかったのだ。混乱したままよく分からずペダルを漕ぎ続けていた。
雨が、横にあったのだ。
横に? 雨が? だって今私がいる現在地は太陽が照り始めていて、なのに30メートルほど西には全く違う景色があって、そこでは先刻までの、3分前くらいの景色があって。
空間が割れているとしか思えなかった。異なる空間と空間が混じり合っているような奇妙な感覚だった。しかしそれは観測者である私の視点からの描写に過ぎない。現実はテイルズオブシリーズではないので、世界は1つしか無い。実際は、
「あ」
雨が。
「ああ」
こっちに。
「うおあああああああああああああああ!!!!!!!」
来る!!!!!!!!!!!!!!!!!
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!
めっちゃ来る!こっち来る!さっきまで30メートルだったのが20、10とどんどん縮んでいくのが目に見えて分かる!偏西風が全力でこっちに向かって雨、雲、押し付けてくる!いらない!やめろ!怖い!
全力でチャリを走らせている最中、私は思った。後ろから敵が迫ってくるタイプの強制スクロールってこんな感覚なんだって。そして現実でそういうのから逃げ切ることはほぼ不可能なんだろうって。
ドアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(2回目)
人間は自然現象に勝てない。
人が全身ずぶ濡れになった時の反応に正解は無い
自然現象に負けて水死体さながらになった私を見たバイト先の先輩(のような存在の人)はすぐに着替えの手配をしてくれた。こういう時の反応として、敢えて正解があるとするならばそれは事務的な対応なのだろうと思った。とてもありがたかった。変に憐れまれたり、笑われたりするよりも断然に心が痛まない。自分も他人の不幸に接したときはそうしようと思った。
玄関(のような場所)でしばらく待機していると、さっきまでの豪雨は嘘のように日が射してきた。最悪だ。本当に私の移動時間をピンポイントに狙ってやがったのだ。外は快晴でセミも求愛活動を再開し、自分だけ水浸しというこの状況は我ながら可笑しくて乾いた笑いが出た。濡れてるけど。自分だけ別の時空から突然ワープしてきたと言われても違和感無さそうだった。やっぱり現実はテイルズオブシリーズだったのだ。
結局着替えを借りて6時間程勤務した。2時間くらい経過した頃から頭が働かなくなり、くしゃみが出始めた。幼少の頃から体を濡らして風邪をひくという経験をしたことがなく、こんなに漫画みたいに分かり易く罹患することもあるんだなぁと自分で感心してしまった。風邪も罹患っていうの? ちなみに翌日には治った。
おわり
以上、豪雨には気をつけようの一言で終わる話を延々と引き延ばした日記でした。いつものことですね。
実は日記シリーズもネタに困っていて、この日の数日前くらいから「何か面白いネタ降ってこい…降ってこい…」と常々頭の中で考えていました。ありがとう、望みは叶いました。もっと物理的に降ってきたけど。
お母さんのアニメは視聴してません。